私は幼い頃水の中が苦手でした。地球上の全ての生物は水の中から産まれたというのに何故自分はこんななか水の中が怖いのか言葉に出来ずにいつも泣いていました。上手く泳げない私を心配してか毎週水曜日に地元の水泳教室に通わされていたが、水曜がくると憂鬱になり、早く過ぎて欲しいと思っていたのを覚えています。もっと具体的に言うと、私は水の中で目を開けるのが怖かったのです。今思えば消毒のための塩素のせいで目が痛いことに拒否反応があったのですが、当時はゴーグルをしていなかったため、水中では目を閉じることが、私の習慣になってしまっていました。「目を開けろ」と言う中年の講師の怖さも相まって、私は完全に水が嫌いになっていたのです。私にとっての水の中というのは常に真っ暗闇に包まれた何も見えない世界だったのです。海水浴の嫌いな家族の影響もあり、釣りや潮干狩りで海に行くことはあっても、海の中には入りませんでした。30になる今もまだ現存する海の中を私は見た事がありません。中学に上がり、ゴーグルの着用が推奨されると、私は恐る恐る水の中を見る事が出来、はじめて水で揺れるプールの水底をまじまじと見た。距離感が歪んで足をついているはずなのに深く見えたり、逆にすごく近くに見えたり、新鮮な世界でした。しかし、その頃には通っていた水泳教室は建物の老朽化によって取り壊され、マンションと化していた。私は水泳教室の底と向き合うことがないまま、消えてしまったのです。それから津波や豪雨に日本が襲われながらも月日が経っていきました。津波から逃げる車や屋上に逃げ込んだ一般の人たちが撮った映像を毎日呆然と見ながら、自分だったら逃げ切ることができるのだろうか、と考えていました。そして、大学を卒業すると私は東京に引越しました。その頃東京の路地に興味を持ちはじめた私は暗渠という存在を知りました。蓋をされたりして見えなくなった川のことを暗渠と呼ぶそうで、水がないにも関わらず、川を感じるという不思議さに時空の歪みのようなものを感じたのです。高度経済成長期や1964年の東京オリンピックの頃を中心に水路が道に変えられていったため、東京にはたくさんの暗渠があるのだそうです。暗渠に惹かれた友人と展示をしようとなった私は同じく普段見ることのできない川である分水路に入ってみようという話になりました。それまでも埼玉県にある首都圏外郭放水路という洪水にならないよう雨水を溜め込む大きな地下空間にも行ったりしていましたが、分水路には歩いて入ることができない場所であったので、少し覚悟が必要でした。二人乗りのビニールボートや、ライフジャケット、ライトなどを装備して都会の川のコンクリートの壁にぽっかりと開いたトンネル、分水路に向けて漕ぎ出した。蔦の蔓延るその入り口はまるでディズニーランドのアトラクションのようだと思ったが、中に入っていくとそこは全く何も光のない完全な暗闇であった。自分の声さえもアーチ状の空洞で果てしなく残響し、自分の存在が空間と溶け込みどこにいるのかが分からなくなった。それは、かつての水の中への恐怖と重なり、神話や宗教に描かれる死後の世界への入り口のようにも思えました。奥地のより深いところへと進んでいくと、道幅が狭くなっていくのが分かった。そして先の見えない暗闇の先に緩やかに流れが向かっていき、徐々に引き込まれていった。上のほうからは誰かの声が聞こえるが、何を話ているのかは聞き取れず、私たちの声も届かない。さらに進むと奥のほうから滝のような音がしました。私たちはもうこのまま戻れない場所に行ってしまうのではないかと思い「引き返そう」と話します。しかし、その時には既に水が